No.35 2003.3.31
発行 守谷市国際交流協会広報委員会
3.2 イギリス大使館参事官・マイケル・ノートン氏講演会 |
2002年度(平成14年度)12月~3月の主な活動
12.13 中国語中級講座後期
12.14 イヤーエンドパーティー
12.16 中国語初級講座後期
1. 1 MIFAニューズレターNo34発行
1.11~12 いばらき開発教育地域セミナー参加
1.15 第25回ボランティアによる外国人のための日本語講座
2. 1 理事会
2.15~16 筑波大学留学生ホームステイ
2.22 理事会
3. 2 イギリス大使館参事官・マイケル・ノートン氏講演会
3. 9 MIFAサロン
3.15 MIFAコンサート「サルサの夕べ」
3.31 MIFAニューズレターNo35発行
MIFA「世界を知るシリーズ」
イギリス大使館参事官・マイケル・ノートン氏講演会
「英国の地方都市における環境保護活動」
3月2日、ログハウスでイギリス大使館参事官をお招きして、「第10回 世界を知るシリーズが開催されました。講演要旨は次のとおりです。 |
私は、現在、駐日英国大使館の科学技術参事官として、日本の科学技術における様々な分野に従事しています。
まず、英国の地理ですが、イングランドは低い丘と平原がほとんどで、最も高い山でも1000メートルにもなりません。人口は国土全体に均一に散らばっていて、また街といっても広大な農地と緑が広がっておりますので、英国の人々は街での生活とカントリーライフの両方を直接経験することが出来ます。多くの都会人が、新鮮な空気やウォーキング、小さな村の散策、残されている自然の中へ入って行ったり、その他たくさんの田舎での活動を楽しむのにも、比較的、短距離の移動で可能です。また英国では、日本でみられるような原生林と農地開拓された地域といったような、明確な土地の特徴形態の分別はまだありません。
第二次世界大戦後における英国の農業の歴史をみてみると、自給自足に最も重点をおいており、これは1950年から1960年台まで続きました。典型的な英国の田舎は大きな生垣で仕切られた小さな畑が続きます。我が国の農業は、大きく分けると、牧畜と穀物等の食料生産に分類できます。1970年代には、経済の圧迫と技術革新による変化から、古くからあった小さな畑の形式は姿を消しました。英国政府は、より低価格の食料生産のために、予算を使って生垣を取り去り、大規模の畑へと変えていきました。この変化によって約15年前くらい前から、人々は野生動植物の種の数、特に英国の田舎に生息している鳥類の数の激減に気付き出しました。王立協会鳥類保護委員会は、農業が食料を作り出すのと同様に、いかにして野生動物を守っていけるかについて、多くの研究を行ってきており、この多くが政府の政策に採用されました。
イングランドには主に2種類の農業形態があります。ひとつは低地におけるものです。しかし、標高の高いエリアにおける農業も同時に重要なことであります。生産性を上げるための努力が、生垣を取り払い、野生生物が生き残るのに必要な多くの雑草や昆虫までも失ってしまう事となってしまいました。影響を受けているのは鳥類だけではなく、カヤネズミや野ウサギのような動物もそうです。高地でも、土地の開拓や干拓、まだ自然の草地が草を食べる羊によって草丈が低く保たれる栽培用の草にとってかわられたことが、鳥に悪影響を与えています。しかし、農家の人たちをこのことで非難するのは公平ではありません。彼等の仕事というのは、食物をより安く生産することにあり、英国及び欧州レベルでの政策は、約10年前までは環境への影響を配慮することなく、もっぱら食料生産の向上のみに集中してきました。
この変化をもたらした原因として考えられることは主に
1.いろいろな生き物を育む多様な農場の減少。
2.農薬やその他の化学物質の使用。
3.収穫物から種がこぼれ落ちることが昔より少なくなったために、冬の間の鳥達の食料がなくなったこと。
4.植え付けの時期が変わった事によって、巣作りの時期に、その状況にあった環境が整わなくなった事。つまり巣の覆いになるものが減るなどしてしまった事。
5.生垣の撤去。
などが挙げられます。たとえば、ハタホオジロは、1972年以降74%も数が減少しました。新しいパターンの農業方法は、春になって鳥達が巣作りできるような環境を奪ってしまったからです。ウタツグミの問題は主に、彼等の主食であったカタツムリが農薬によって除去されてしまったことにあると考えられています。農薬は、鳥達にとって有毒であるだけではなく、彼等の食料をも奪い去ってしまうのです。
現在、英国では生垣をつくることに補助金を出しています。必要量以上の農業生産に対しては、1年から5年間は農作物を作らせない代わりに、その間の経済支援を行い、これによって冬の間、鳥達のえさを提供する農地が生まれます。また、羊や牛の数を減らすことによって、草の生育を助け、また他の生物達を助けます。いくつかの希少種は、きちんとした調査・保護を受け、数の回復を見せはじめているものもいます。クロノドアオジは、1980年代には英国では絶滅がもっとも危ぶまれていましたが、現在では1999年の100羽から450羽へと数を増やしています。英国の国民は、このような政策に対して、大変熱心に支持を行い、欧州連合の農業政策がもっと環境にやさしいものへと変えてゆくよう促し、英国は着実に成果をあげています。
環境と調和しながら生活を送るということは、英国の人々と同様に、日本の皆様にとっても大変重要なことです。本日、私からお話させていただきました事例が、皆様にとって興味深いものとなれば幸いです。
御静聴ありがとうございました。
筑波大学留学生ホームステイin守谷
2月15日から16日、筑波大学留学生を招待してホームステイが行われました。
今回は、エチオピア、韓国、中国、ベトナム、イラン、ラオスからそれぞれ1人とスロベニアからの2人で8人が参加しました。
15日の対面式の後、留学生たちが自国の紹介をするコーナーを設け、参加者がそれぞれ自己紹介、自国の紹介、日本に来て驚いたところ、日本から何を学んで帰りたいか、留学先に日本を選んだ理由、日本の良くないところなどを話してくれました。
いくつか参加者のコメントを紹介します。
◎日本に来て驚いたところ
ダグ・ヘワンさん(エチオピア)=スーパーやデパートに入ると買わなくても「いらっしゃいませ」と言う。エチオピアでは買ったときに「サンキュー」だけです。
アイダさん(スロベニア)=スロベニアにはお風呂の習慣がない。最初、お風呂に入ったときちょっと恥ずかしかった。
ヤーニャさん(スロベニア)=お店の人がみんな親切です。買いものをすると、全部袋に入れてくれて「ありがとうございます」と言う。
キムさん(韓国)=若い人でメガネをかけている人が少ない。日本の冬はソウルより暖かい。
リさん(中国)=地震です。初めて野のときは驚いて目が覚めた。 レーティさん(ベトナム)=日本の学生は寒くても短いスカートで来ます。寒くないかと思う。二つめは地震です。
ファテマさん(イラン)=電車の中がとても静かです。
ケムーマニーさん(ラオス)=渋谷に行ったとき、駅の階段を上ろうとしたら人がたくさん降りてきたのにびっくりした。
◎日本から何を学んで帰りたいか
ダグ・ヘワンさん=日本の料理。うどんの作り方は友達から教わった。
アイダさん=スロベニアでは寿司とか生魚を食べない。日本に来て寿司をたくさん食べた。着物は本当にきれいだと思う。
ヤーニャさん=着物。京都に行って舞妓さんを見た。とてもきれいだと思った。
キムさん=マンガとかアニメーションに興味がある。日本はマンガに関するものがたくさんあって天国だと思う。
リさん=筑波美術館で華道の展覧会を見た。来週、華道の勉強をします。
レーティさん=浅草に行ったとき相撲部屋を見た。本当の相撲が見たい。あとは茶道を習いたい。
ファテマさん=日本の着物はイランでも有名です。着物を着てみたい。
ケムーマニーさん=料理です。特に飾り方とか、日本の料理はとてもきれいです。
◎留学先に日本を選んだ理由
ダグ・ヘワンさん=「おしん」を見て。
リさん=日本は伝統文化を持つ国だから。
ケムーマニーさん=「ドラえもん」を読んで、ノビ太の生活を見たかった。
◎日本の良くないところ
・自転車に乗りながら携帯で話すところ
・日本の漢字はとても難しい
・日本の温泉は熱い
・悪いところではないが、日本人は働き過ぎ
一年の感謝を込めて イヤーエンドパーティー
12月14日、一年の最後を締めくくる、イヤーエンドパーティーがログハウスで行われました。
今回のパーティーは、昨年までと趣向を変え、心のふれあいをコンセプトとして、新しい発想で計画されたものでした。
JICAの研修員を含め、総勢87人がサルサのリズムにのり、時間を忘れて踊りました。手作りのパーティーに変わりはありませんが、ダンスを取り入れたことで、誰もが主役になれる楽しいパーティーになったようです。
ダンスが始まる前に行われた琴の演奏も素晴らしく、みんなの盛大な拍手を浴びていました。
MIFAサロン ”おにぎり”を一緒に作ってみませんか
3月9日、今年3回めのMIFAサロンが、ログハウスで行われました。参加者は43人でした。
在住外国人との交流を目的に、毎回テーマを決めて行われ、7月13日は「サルサの夕べ~中南米の風を感じよう」、10月20日は「中国の食卓にちょっとおじゃましてみませんか」と続けられてきましたが、今回は、日本の食文化の一端を担う「おにぎり」がテーマでした。
参加者がそれぞれ持ち寄った具材を、正統派の三角に握る人、たわら形や丸く握る人、海苔を巻く派やとろろこぶ派など個性的なおにぎりが作られ、作るそばから、誰かの口に納められていました。
編集後記
早いもので、今年度もこれが最後の発行になります。加齢とともに月日の経つのが早くなったように感じるのは小生だけでしょうか。
無事、予定どおり4回の発行ができたのも、みなさんの協力があればこそと、紙面をお借りしてお礼申し上げます。広報は、それだけで事業ができるわけではなく、各専門委員会の日常活動が根底にあります。よくまあ飽きずにこれだけの活動が続けられるものだと、驚くやら感心するやら。
さて、15年度は、MIFA設立15周年の年です。記念事業もいくつか予定されていますので、今年のMIFAも、目が離せませんよ。