MIFA NEWS No.34

   No.34  2003.1.1
発行 守谷市国際交流協会広報委員会


秋、恒例のMIFAフェスタ。今年もJICA研修員86人をはじめ、100人を超える外国の人と交流を深めました。
ラテンのダンス(フォルクローレ)を踊るコロンビアのエリカさん(左)とドミニカ共和国のセサールさん。

2002年度(平成14年度)8月~11月の主な活動
8. 4 栃木県下都賀郡石橋町視察
8. 9 JICAサマーパーティー参加
8.24・25 北守谷団地夏祭りフリーマーケット参加
9. 4~13 マインブルク高校生来市(9/6~9/13ホームステイ)
9. 4 マインブルク高校生ウェカムパーティー
9. 8 学生委員会マインブルク高校生とボウリング
9.12 マインブルク高校生フェアウェルパーティー
9.18~11.20 第24回外国人のためのボランティア日本語講座
9.24 MIFAニューズレターNo33発行
9.29 MIFAフェスタ2002「われら地球人 VOL.5」
10. 2 英会話講座後期(中級)
10. 3 英会話講座後期(初級)
10.20 MIFAサロン「中国の食卓にちょっとおじゃましてみませんか?」
11.10 国際情勢講演会「外務省改革」
11.11 第2回ドイツ語を聞いたことがありますか?
11.14 茨城県地域別国際交流ネットワーク会議参加
11.20 筑波大学学長主催外国人留学生懇談会参加


MIFAフェスタ2002 われら地球人

   

 9月29日、「MIFAフェスタ われら地球人」が、ログハウスを会場に行われました。
 国際協力事業団(JICA)筑波国際センターとの共催で、37カ国、86人のJICA研修員や守谷および近隣在住の外国人も数多く参加し、秋の催しとして定着した感があります。今年は、外国人に参加・体験してもらうコーナーを数多くつくりました。おかげさまで、どのコーナーも好評でした。
今年参加できなかったア・ナ・タ。来年は企画の段階から参加しませんか。

 
多才な元気集団MIFA

JICA筑波国際センター所長 狩野 良昭

 9月29日、あの噂の誉れ高い「MIFAフェスタ2002 われら地球人」に参加させていただく機会を得た。
 私は、昨年は海外出張のため参加できなかったので、今回が初めての参加ということになる。今回は37カ国、86人の研修員でお邪魔した。先ず、阿波踊りの歓迎に度肝を抜かれる。あのお囃子は、研修員の魂の奥底に秘める郷愁を呼び起こすのだろうか。アフリカや南米の研修員達は、自然と体が躍動して阿波踊りの輪に合体してくる。そして、これがこれから始まる色々なイベントへの期待を膨らませる素晴らしいスターターとなった。
 パレードの後、色々な方が工夫をこらしたイベントが準備されている。それらは、日本の伝統的な取り組みを演示するだけでなく研修員達もやってみるように企画されている。研修員達に楽しい思い出を作ってあげたいという気持ちが滲み出ていて、研修員達もすぐに日本人達の中に溶け込んであちこちで交流の輪が出来てくる。交流する人々の間隙をぬって、ボーイスカウトの子供達が研修員達にサインを求めにやってくる。「トーゴってどこにある国?」とか言いながらさらに小さな輪が出来て随所で笑いの渦が広がっていく。次はパフォーマンスタイム。研修員達も自分達の国の歌・踊りを披露。野菜栽培コースの研修員による替え歌「野菜天国」には子供達も和して大合唱となった。津軽三味線の山口さんの演奏の迫力のあること。このようなイベントのすべてがボランティアだというから驚く。この日のすべては研修員達がそれぞれの国に帰っても思い出として家族に友人に語り継がれるに違いない。日本での研修の忘れられぬ思い出として。
 研修員の来日の目的の一つである日本文化、日本人理解に対して大きな貢献をしていただき素晴らしい思い出を作っていただいた全てに心から感謝申し上げます。

   
 

国際情勢研修会 「外務省改革」

講師…外務省総合外交政策局安全保障政策課課長補佐 中村仁威氏

   

 11月10日、守谷市国際交流研修センターで、外務省の若手キャリアをお呼びして講演会が行われました。
講演要旨は次のとおりです。

 皆さん、こんにちわ。今日は二つの話を申し上げたいと思います。
 まず、外務省改革の話です。2001年元日の新聞で、横領している職員がいるという趣旨の記事が出ました。田中真紀子さんがいた時の一連の騒動も含めて、振り返って思うと、気の弛みという言葉で要約できてしまうと思います。よく大企業病とか言われます。まさに外務省も大企業病にかかってしまったわけで、世の中おかしいことが起こっているらしい。でも全体としてものごとがうまく流れているんだからいいだろう。そうやって一つ一つを見逃していった結果が、こうなんですね。外務省の窓口業務が失礼極まるという話があります。困った状況で行っている時に、何だその態度は。ということがけっこうあったわけです。本当のお客さんが誰なのかということを明確に意識することができない鈍感さというものがあったんだと思います。田中真紀子さんが大臣をやっていた頃というのは、マッキー対官僚の泥沼の戦いでした。マッキーが去った今年の1月くらいから、このままでは役所はもうダメだ、何とかしなければならないというグループがたくさん出てきました。名前もかわいらしく、「変えよう、変わろう外務省」なんてかわいらしいグループを作って、自分たちがやる、これが基本ではないか、ということで自分たちで改革案を作りだしたんです。気の弛みが元凶ですから、自覚のない人は気づかない。それをどうやって是正していくかといえば、ただ一つ、競争なんです。外務省でなくたって、国と国との関係に係る主体というのはたくさんあるんです。外務省が、俺たちだけが外交をやっているんだというマインドを持っていること自体、もはや時代遅れで、いかに外交という商品を消費者である国民から評価してもらえるかという感覚を抜きにものごとは考えてはならないんだと思います。

 次によく日本外交について言われることについてお話したいと思います。
 まず、アメリカとの関係についていうと、ヨーロッパの政府の要人と話をすると実感するのは、多くの国が同じように「お前たちはアメリカのいいなりじゃないか」と言われているんです。我々、アメリカとの関係、親近感はあまりないんです。それは日本が敗戦国という特殊な立場の上で同盟国だからなんだと思うんです。もう一つは、日本は言いたいことすら遠慮して言っていないじゃないかということですね。これは、日本が総合力でアメリカに勝っていないということがあって、その上で何か言いたいことを言ってやろうと言っても、あまり得るところがない。どうしても外交の現場において、日本国民をリスクにあわせるわけにはいかないというマインドが働いてくるんです。でもそれは歯がゆいんですね。
 それから、顔が見えないという話があります。日本独自の取り組みとかイニシアチブとかはいろいろやってきてはいるんです。ODAで日本は二ついいことをやってきたんじゃないかと私は思っています。一つは、経済協力。日本はアンタイドの率が非常に高い。もう一つは、日本の経済協力は、相手国の自助努力に任せるという姿勢なんです。その結果、アフリカ諸国とか中南米諸国、これらのほとんどの国は、困った時は日本の友達になってくれています。目立たないけれども向こうからすると日本の顔が見えているということはあるんだろうと思います。今年1月にアフガニスタン復興会議が東京でありました。これは、その問題については日本がエキスパートだということを世界中が認めたことを意味するんです。何でそんなことができるようになったのかというと、日本がアフガニスタンの復興とか問題の解決に力を入れはじめたのは、もう10何年も前からなんです。なかなか顔が見える外交ということを理解してもらうには難しいと思うんですが、やっぱり一つには宣伝不足もあったと思うんです。日本が何をやってるのかということを、もっときちんと政府自ら説明をするということが必要だったんじゃないかなと、私は思っています。
 最後に北朝鮮の話ですが、日本は北朝鮮と交渉をしてお互いに得るものを得、失うものもありながら、最終的には歩み寄らないといけないという共通の課題を抱えた仲なんです。日本との関係が良くなるということは、自分の政権がある程度安定するだろうという読みが彼らにあっても不思議ではない。せいぜいそれくらいしか、日本が梃子とできるような材料というのはあまりないんです。日本外交というのはあまりに国民の目線から離れたところでやっていた。それが今、国民の目線と一つになってやっている。ところが、これでは交渉ができないことがいずれくる。そうすると、どこかその中間点で望むべき点があるはずなんです。その結果、外務省の交渉の態度を見ていて、歯がゆさが残るという状態が必ず起こると思います。けれども、そういう悪役ということでいかざるを得ないということは、外交にはつきまとってしまうんだろうな、そういうふうな印象を持っています。
 どうもありがとうございました。
※MIFAホームページに講演の全文を掲載しています。


MIFAサロン~中国の食卓にちょっとおじゃましてみませんか?

 10月20日、ログハウスでMIFAサロンが行われました。今回は医食同源の国、中国の餃子作りです。
 初めに中国の食生活と生活習慣の紹介が木村絵里さんからありました。中国では朝食はしっかりとしたものを食べ、夕食はお粥のような軽いものを食べるそうです。だから太らない人が多いとか。
 その後、餃子の皮作りを体験しました。あらかじめ作ってあった具を入れて完成。すぐに水餃子にします。50人を超える参加者はすぐに熱々のところをほおばり、舌鼓をうっていました。

マインブルク高校生フェアウェルパーティー

   

編集後記
 あけましておめでとうございます。
 2003年、平成15年が始まりました。故小淵元首相が官房長官だったときに「新しい元号は『平成』」と発表してから、もう15年になろうとしています。
 今年は守谷市国際交流協会が発足して15周年。秋には記念フェスタを開きたいと考えています。10周年記念式典が行われてから、あっという間の5年だったような気がします。その間、MIFAは歩み続け、新しい事業にも挑戦し、また、それまでの事業も着実に行ってきました。事業が増えるにしたがって、人との出会いも増え、その新しい出会いのネットワークを使って、さらに新しい事業を展開しています。
 昨年行われた国際情勢講演会は、(社)日本外交協会から「守谷市さん、やりませんか」と声をかけられたものです。人口5万人のできたての市ですが、国際交流の活発な活動は中央にも知られているようです。
 さて、今年はどのような年になりますか。いずれにしても皆さんにとって良い年でありますように、お祈り申し上げます。